「できる!」ビジネスマンの雑学
2015年07月02日
[085]「万年筆」、若者に復活のきざし

 思わぬところで、先祖返りが起きているようです。その言葉に懐かしいひびきを残す「万年筆」が復活のきざし。

万年筆、20代5割が「使ってみたい」 ネット調査
かれんとスコープ
 インターネットを通じて全国の男女1000人を対象に調査したところ、万年筆を現在使っている人は9%。過去に使ったことがある人は54%で、37%が「使ったことがない」と答えた。
 現在の利用者は少数派だが、今後万年筆を「使いたい」と答えた人は40%に上った。20代では、男女とも50%が「今後使いたい」と回答している。
日本経済新聞 電子版 2015年6月28日)

 かつて、高校入学や大学合格のお祝いの定番が万年筆でした。入試の願書から就活の履歴書、レポートまで、「書く」ためには、どうしても万年筆が必要な時代があったのです。万年筆で書くとインクが紙に染み込みますから、鉛筆のように消しゴムで消すことはできません。つまり、書くときの本気度が問われるわけで、万年筆はマジな筆記用具として毛筆に並ぶ存在だったのです。もちろん、ボールペンもありましたが、そんなもので履歴書など書くと軽く見られますから、大事な書類にはボールペンは使わないことがお約束でした。ボールペンは不可と明言するところもあったと記憶します。
 明治から昭和まで、万年筆があまねく普及したのも、日本には古くから毛筆の文化があったからでしょうか。

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 それも遠い昔の話になりました。今の時代、文書を手書きで作成する機会はまずありません。履歴書はPCやスマホの画面に打ち込むとあっというまにデータとして送られます。
 学生にしても、就活で50社、60社とエントリーするのに、いちいち手書きで書いてなどいられないし、そもそもペーパーの願書を受け取ってくれる企業がありません。

 ところで、今でこそ当然のような顔をしてキーボードを叩くおじさんたちも、かつてはとんでもないことで悩んだ過去があります。32年前に週刊誌がワープロ・パソコンの特集を組んだものが筆者の手元に残っています。少し抜き出してみましょう。

 「コンピューターはしょせん道具にすぎない、と思えば思うほど、その一方で、いまいましくなるシロモノでもある」(ルポライター)
 「あまり個性的でないワープロ文が増えていく」(米国人語学教師)
 「パソコンやワープロで文書を作ると、手書きの文章と違うものになるのではないか」(座談会)
 「ワープロが広く行き渡ったら日本語自体が変わってしまうことはないのだろうか」(編集者)
 「メーカー仕様の日本語、などというのがはびこらないのか」(編集者)
 「ワープロがさらに普及していけば、原稿の書き方は一変するかもしれない」(編集者)
 「この原稿は傍点と!!をのぞいてワープロで打った」(編集者J.K.)
 「読んでから機械に触るか 触ってから読むか」(PCのブック・ガイドタイトル)
 (『週刊朝日』増刊「パソコンがなんだ!!」より引用 1983年3月20日刊)
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 ワープロが誕生した30年ちょっと前、信じがたいことに、文章をPCで書くと手書きとは異なってしまう、と恐れていた人が多かったようです。しかもパソコンメーカーがお仕着せの文章を押しつけてくる、などの強迫観念すらありました。
 この文章はワープロで執筆しました、といちいちことわる執筆者もいました。手書きでないことに、何かうしろめたいものでもあったのでしょうか。
 おそらく、ワープロもパソコンも触ったことのない人々の恐れが生んだ妄想だったのでしょう。幸いにもこうした意見は広まることはありませんでした。

 ひるがえって、今。万年筆で文章を綴ると、アプリで書いていた文章と違ってくる、と恐れる若者はどのくらいいるのでしょうか。今度は万年筆特集を組んでいただきたいですね。

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このコラムはATOK2011とエディターで打った。(水)

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