「できる!」ビジネスマンの雑学
2018年01月05日
[488]「西郷どん」の前に読んでおきたい『歳月』(司馬遼太郎)

 2018年、NHKの大河ドラマは『西郷(せご)どん』だそうです。

大河ドラマ「西郷どん」2018年1月7日スタート
予告スペシャルムービー(3分)
NHK大河ドラマ『西郷どん』 - NHKオンライン)
https://www.nhk.or.jp/segodon/

 大河ドラマは娯楽として楽しむものですから、予告ムービーを見る限りでは、西郷どんは正義感の強い溌剌とした青年として描かれており、ストーリーも冒険活劇の趣が色濃く打ち出されています。

 幕末から明治の激動期に主役級の働きを見せた西郷隆盛、その成長する姿をテレビではどのように描くのでしょうか。楽しみではありますが、少し心配でもあります。

2017122701.jpg

 芥川龍之介は大正時代に西郷隆盛について書いています。

 『西郷隆盛』(芥川龍之介)
 青空文庫(底本:「芥川龍之介全集2」ちくま文庫、筑摩書房 ○入力:j.utiyama/校正:かとうかおり/1998年12月23日公開/2004年3月9日修正)
http://www.aozora.gr.jp/cards/000879/files/136_15193.html

 この小説の主人公、本間さんは寝台列車に乗り合わせた老紳士に卒論が西南戦争であると告げます。するとその老紳士は、歴史史料などあてにならないと言い始めます。
 「細かい事実の相違を挙げていては、際限がない。だから一番大きな誤伝を話しましょう。それは西郷隆盛が、城山の戦では死ななかったと云う事です。」

 史料をもとに反論する本間さんでしたが、
 「同じ汽車に乗っているのだから、君さえ見ようと云えば、今でも見られます。もっとも南洲先生はもう眠てしまったかも知れないが、なにこの一つ前の一等室だから、無駄足をしても大した損ではない。」
とまで言われるのでした。

 疑いの解けない本間さんは、老紳士と共にその一等室に向かうと、そこには・・・。

 西郷隆盛が西南戦争で没して(1877年)わずか40年後、芥川が執筆した大正6年(1917年)には、すでにその姿は茫洋とした闇の中の存在となっています。

 本当の西郷さんとはどんな人物だったのでしょう。それを知る手がかりとなる小説があります。

 『歳月』(司馬遼太郎)

 『歳月』は佐賀藩出身の江藤新平が主役の歴史小説です。話は江藤の脱藩から始まり、できたばかりの明治政府では法制度の創立者として参画。廃藩置県を断行し、今なお日本社会に痕跡の残る家長制度を法制化します。
 明治7年(1874年)、政権を二分する征韓論争に破れた江藤は、「佐賀の乱」を引き起こし、逃避行の末に刑死するまでが描かれています。

 この小説では、江藤新平が主人公ですから、西郷はあくまでも脇役として登場します。しかし脇役であるはずの西郷の存在の大きさが、この小説の魅力ともなっています。

 征韓論を唱えた、西郷隆盛、板垣退助、江藤新平ら。それに対抗したのが大久保利通、岩倉具視、三条実美らでした。

 この対立構造の中で、征韓論派が負けた場合、ただひとりの陸軍大将である西郷は軍を動かすのではないか、明治政府を武力で覆すのではないか、と恐れられていました。

 しかし、西郷は論争の結末を悟ると、兵を動かすことなく東京から去って行くのでした。

 司馬遼太郎には西南戦争をテーマにした『翔ぶが如く』があります。全10巻の大作にもかかわらず、意外なことに西郷隆盛への記述はあまり多くはありません。

 実際の西郷は寡黙の人だったらしく、今に伝わる言葉自体が少ないのです。

 こうした場合、周囲との関わり合いの中で西郷が示した対応や行動によって、彼の人となりを推し量る手法が有効です。

 それがうまく機能した歴史小説が『歳月』といえるでしょう。

 たとえば、佐賀から落ちのびた江藤が西郷に決起を促しますが、それが叶わず鹿児島を去る際のシーン。江藤を見送っていた西郷は、

 『西郷は宿の表まで出て見送ったが、しかしなにやら感慨のあふれをおさえかねたらしく、去ってゆく江藤のあとを追いはじめ、犬どもがそのまわりに前後した。やがて追っつくと江藤と肩をならべて歩きはじめ、(中略)
 「いま一日、お泊まりなさらんか」
というのである。
 「泊まってもいい」
とは、江藤はいった。』
(「新装版 歳月(下)」講談社文庫 より引用)

命がけの逃避行を続ける江藤のすがるような願いを拒絶しながら、なお心根では親愛の情を隠すことのできない西郷。まるで少年か書生であるかのような提案を江藤に投げかけます。

 もう一泊したところで、江藤の運命が変わるものではありません。はっきり言えば無駄です。それを当惑しながらも江藤は受け入れます。

 こんなやりとりが本当にあったかどうか、今となっては誰にもわかりません。ただ、事実がどうであれ、ふたりの疎でありながら密の関係と西郷のもだえるような心情を、読者が手に取るようにわかるよう演出して見せたのが、司馬遼太郎の歴史観であり作家としての筆力ではないでしょうか。

 ◇

 今年2017年は、大政奉還から150年でした。2018年は明治維新が起きてから150年目となります。
 この節目の年を迎えて、幕末から明治維新に至るまでの歴史が見直され始めています。

 それはこれまで手つかずだった第一級史料の解読が進んでいるからです。

 幕末の薩摩藩を実質的に支配した島津久光に関する「玉里島津家(たまざとしまづけ)史料」が近年になってようやく公開されました。
 この史料からこれまで影の薄かった島津久光、薩摩藩家老・小松帯刀が一躍、幕末の主役として浮かび上がってきています。

『英雄たちの選択「真説!薩長同盟 若き家老・小松帯刀の挑戦」』
(NHK BSプレミアム/放送予定・2017年12月28日/午前8時00分~ 午前9時00分)
 http://www4.nhk.or.jp/heroes/x/2017-12-28/10/31309/2473093/

『英雄たちの選択・選「幕末 ここに始まる~島津久光・率兵上京の決断~」』
(NHK BSプレミアム/放送予定・2018年1月4日/午後8時00分~ 午後9時00分)
 http://www4.nhk.or.jp/heroes/x/2018-01-04/10/927/2473099/

 「歴史は勝者によって作られる」と言われます。

 明治維新の渦中にいた勝海舟ですらこう言っています。
 「見なさい。幕府が倒れてからわずか30年しかたたないのに、この幕末の歴史をすら完全に伝える者が一人もいないではないか。」
 (『氷川清話 (講談社学術文庫)』より)

 これまでの明治維新史は、元勲に上りつめた長州派の伊藤博文や山県有朋らによって作られてきたのかもしれません。もともと使い走りや足軽に過ぎなかった彼らとしては、直属の上司に華を持たせる(維新の功労者に仕立て上げる)必要があったのかもしれません。

 いずれにせよ大河ドラマ「西郷どん」では、少しでも西郷隆盛の実像に迫っていただきたいですね。(水)


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