「できる!」ビジネスマンの雑学
2018年01月17日
[493]「氷川清話」の勝海舟は「ちょいワルおやじ」だった

 「氷川清話」(勝海舟・角川文庫)は勝海舟がその晩年に、幕末から明治維新前後、明治政府の樹立までを振り返った談話をまとめた回想録です。

 筆者は勝海舟のホラ話がつまった本と聞いていたため、今まで手に取ることはありませんでした。ところが読んでみると、歯切れの良い江戸弁で幕末に活躍した名だたる名士をバッタバッタと切り倒していきます。

 痛快です。当時の有名人はこう評論されています。

[木戸孝允]=「西郷などに比べると、非常に小さい。あまり用心しすぎるので、とても大きな事には向かないがのう」

[佐久間象山]=「もの知りだったよ。学問も博し、見識も多少もっていたよ。しかしどうもほら吹きでこまるよ。」

[藤田東湖]=「おれはだいきらいだ。赤心(まごころ)がない。書生を多勢集めて騒ぎまわるとは、実にけしからぬ男だ。おれはあんな流儀は大嫌いだ。」

[伊藤博文]=「伊藤は騒ぎの当時外国へ逃げていったほどの利口者さ。」

 この本には江戸人の粋、ダンディズムが貫かれています。
 今風に言えば、
 「ちょいワルおやじ」


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※「海舟先生氷川清話 : 校訂」表紙[明治42年10月刊](国立国会図書館所蔵)

 今年の大河ドラマ「西郷どん」の西郷さんも、この本の中でたびたび登場します。

[西郷隆盛]=「西郷におよぶことのできないのは、その大胆識と大誠意にあるのだ。この西郷の至誠は、おれをしてあい欺くことができなかった。おれも至誠をもってこれに応じたから、江戸城受け渡しも、あのとおり立談(たちばなし)の間にすんだのさ。」

 一番のエピソードは、勝海舟と西郷隆盛のふたりで成し遂げた「江戸城無血開城」でしょう。

 官軍が江戸に迫るまで、なにひとつ妙手を打てない幕府は急遽、失職に追いやった勝を幕府軍総司令官に任命、江戸の運命を勝にゆだねました。

 というと聞こえはいいのですが、その実態は万策尽きた江戸幕府がすべての責任を勝に押しつけてしまったのです。

 江戸を戦火にさらしてはならない。それだけではなく将軍・慶喜の助命、徳川家の存続も必要でした。この困難な状況下で、勝海舟は江戸の街と徳川家を守るという、困難な使命を成し遂げました。

 それは勝海舟がこれまで培った交渉術をかけての戦いでもありました。

幕臣の勝海舟、ドラマと違う「江戸城無血開城」の真相 松平定知
 西郷と勝が、それぞれの陣営の全権大使として対座したのは、1868(慶応4)年3月13日、場所は江戸・高輪の薩摩藩下屋敷だった。
 15日には、江戸総攻撃が行われるといった噂が江戸中を覆っていた。会談は、13、14日と連日行われたが、大事なのは14日、田町の薩摩藩蔵屋敷で行われた交渉だった。
 この日、開始時間に少し遅れた西郷は部屋に入るとすぐ、「明日の総攻撃はやめる」と語ったという。英国公使の「江戸総攻撃をして、わが居留民に被害が及べば、西軍の敵は幕府ではなく、われわれぞ」という直前の脅しが効いたともいわれている。
産経ニュース 2018年1月17日掲出)

 会談の前から江戸総攻撃の中止は決まっていたという話ですが、会談が始まる前に、勝が得意とする外交術ですでにレールは敷かれていたと筆者は考えます。

 その根拠は「氷川清話」のなかにあります。幕末にロシア軍が対馬に軍事基地を設営した事件(1861年・ロシア軍艦対馬占領事件)がありました。勝海舟はその解決にあたります。

 ロシアの侵略主義
「当時長崎におった英国公使というのは、至極おれが懇意にしておった男だから、内密にこの話をして頼み込み、また長崎奉行所からも公使に掛け合って、堂々と露国の不条理を詰責して、訳もなくロシアをしてとうとう対馬を引き払わせてしまったことがあった。これがいわゆる彼によりて彼を制するというものだ」
(「氷川清話」より引用)

 大国間のパワーバランスを見極めて外交に活かす。勝海舟は弱小国に必要な外交術を身につけて、幕末の動乱が始まる前から活躍していました。
 英国公使の使い方を知っていた勝のことです。何もせずに会談に臨むはずはないでしょう。

 翻って、昭和に行われた太平洋戦争ではどうだったでしょう。

 日本本土を守るどころか、開戦の翌年には早くも首都の東京が空襲されます(ドーリットル空襲・1942年4月)。その後は誰もが知る通り、東京大空襲、沖縄戦、広島・長崎・・・。主要都市が焦土と化しても、戦争をやめる知恵のひとつすら出なかったのが現実でした。

 戦前の日本は西欧化、国際化を急ぎ、国連常任理事国に選出されるほどの大国になりました。しかし、ついに勝海舟に並ぶ人材を育てることはできなかったのでした。(水)

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■関連リンク
「海舟先生氷川清話 : 校訂」[明治42年10月刊]
(国立国会図書館デジタルコレクション)


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