「できる!」ビジネスマンの雑学
2026年10月26日
[1178]足跡だけで大発見!南相馬市にジュラ紀恐竜

 福島県南相馬市といえば、1000年以上も続く伝統行事「相馬野馬追(そうまのまおい)」が有名です。その起源は平将門の軍事訓練に由来します。勇壮できらびやか武者姿はさながら戦国絵巻。国の重要無形民俗文化財に指定されています。

「相馬野馬追」・公式サイト
https://soma-nomaoi.jp/

 中世以来の歴史と伝統が息づく南相馬ですが、さらに昔の古(いにしえ)の記憶がこの地に残されていました。

 どのくらい昔かといえば約1億6000万年前のジュラ紀まで遡ります。

 もちろん、人類の歴史ではありませんが、確かにいまの南相馬にその足跡(そくせき)は残されています。

 くっきりとした足跡(あしあと)として!

長さ70センチの恐竜足跡化石を発見 国内最大級 福島・南相馬
 福島県南相馬市は22日、市内の約1億6000万年前(ジュラ紀後期)の地層から長さ約70センチ、幅約50センチの大きさの恐竜の足跡化石が見つかったと発表...。
(毎日新聞 2026年10月22日)

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※発見された約70cmの恐竜足跡化石

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※複数の足跡が残る発掘現場

 この足跡化石群の発見は南相馬市博物館が2025年度からスタートした「恐竜化石探索調査・教育普及事業」によるもの。
 10年間かけて発掘を継続させる計画で、2026年7月から本格的な掘削に着手したのですが・・・、わずか5日目に今回の大発見を成し遂げました。

 その規模たるや、「長さ約70cmに達する、日本のジュラ紀の恐竜足跡化石として最大の足跡」(市の広報資料より)ですから、運がよかったというより、何かを「持っている相馬市」の格の違いですね。

 この足跡は「大型の植物食恐竜である竜脚類などの可能性が高い」(市の広報資料より)とのこと。70センチの足跡を持つ恐竜とは、どのくらいの大きさを想像すれば見合うのでしょうか。そして、重さは何トン、いや何十トンあるのか。頭から尻尾の先までの全長は何メートル?
 もう想像すらできません。

 とほうもない大型恐竜が日本の大地を闊歩(かっぽ)していたことが証明されました。あとは恐竜の種類やその姿が明らかにされることに期待しましょう。
 新種ならそのネーミングにも興味が湧きます。

 さて、今でこそ日本各地で見つかる恐竜化石ですが、昔はそうではありませんでした。筆者が小学生の頃は、恐竜図鑑を開いてもそこにいるのは主にアメリカで見つかった恐竜ばかり。

 なぜなら1970年代まで、日本列島には恐竜は生息していなかったという学説が定着していたからでした。たとえ恐竜らしき化石が出土しても、どこかの馬の骨だろうと学界がまともに相手をしていなかったのです。

 当時の学界の雰囲気を伝える報告が残されています。

「日本には中生代の地層が存在するが, その多くは海成層であるために, 陸上動物である恐竜の化石は, 含まれていないだろうと考えられていた (伊地知, 1990;福田, 2001). 
この"日本に恐竜が存在するはずはない"と固く信じられていたことが, 日本での化石発見を遅らせた. よって, 恐竜は,日本には存在しない遠い他国の異物的存在として扱われ,その結果, 怪獣 「ゴジラ」 が生み出された (平山, 2001)」
(『恐竜を用いた科学教育プログラムの開発』50ページ 廣川晴香・久田健一郎/福井県立恐竜博物館紀要 4:49-61 (2005))
https://dl.ndl.go.jp/view/prepareDownload?contentNo=1&itemId=info:ndljp%2Fpid%2F3501283&utm_source=chatgpt.com

 科学技術系の著書で知られるジャーナリストの山根一眞氏も、筆者と同様の感情を子どもの頃に持っていたことを語っています。

『 明治学院中学校に入学後、地質調査や化石採集に没頭するようになってからも、地学指導の高橋登先生からは、「日本に恐竜の化石は出ない」と聞かされていた。
 「山根さん。地質学者、古生物学者であっても、恐竜はいないという思い込みがあったので、たとえ恐竜の化石を目にしても、それが恐竜には見えなかったんです。」
 あるこり固まった先入観があると、目の前にしていながら「そこにあるもの」が認識できず、理解ができない・・・』
(「山根一眞の調べもの極意伝」第12回 発掘!「福井恐竜学」の現場 2015年9月24日・~小学館「ことばのまど」~公式サイトより)


 山根一眞氏が明治学院中学校に入学したのは、1960年(昭和35年)頃です。その頃は地質学者、古生物学者から地学の中学教師も口を揃えて、

 「日本に恐竜化石はない」、「日本に恐竜などいなかった」

 などと少年少女の夢を打ち壊す発言を繰り返していたのです。

 そしてこのような日本の研究者たちの思い込みにより、日本の恐竜研究は1980年代になるまで進まなかった~というより、始まらなかったのです。

 現在、世界中の恐竜研究所、発掘現場で日本人の恐竜研究者が活躍していますが、彼らのほとんどが40代以下です。それより上の世代は恐竜から遠ざけられた「恐竜欠乏世代」です。
 日本にはいない恐竜に時間を割くより、もっと実用的な勉強をしなさいという昭和の実利主義がもたらした悲劇と筆者は考えます。

 恐竜学は世界中で研究される体系的な学問であり、とてつもなく大きな観光資源なのです。その重要性に最初に気がついたのが福井県でした。いまや福井県は恐竜だけで観光客も学生も集める恐竜県になっています。

 骨の化石、足跡・・・。それは決して「どこぞの馬の骨」などではありません。南相馬市には恐竜が眠るジュラ紀の地層「栃窪層」が分布しているそうです。いずれは福島県もザウルス級の恐竜県になることでしょう。(水田享介)

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「南相馬恐竜発掘プロジェクト~スタンプラリー」
2026年10月23日~2027年1月17日
(南相馬市・公式サイト/広報)
https://www.city.minamisoma.lg.jp/portal/admin/koho_kocho/1/minamisomatopics/32659.html

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