「できる!」ビジネスマンの雑学
2025年10月01日
[1028]まだおじいさんのランプを割る時ではない

 『おじいさんのランプ』は作家・新美南吉の代表作で、教科書にも収録されている児童文学の名作です。

 筆者も子どもの頃に読んで、沢山のランプに火を灯し石を投げる、あのランプとの別れを象徴するシーンに感動したことを憶えています。しかし、高校に入り歴史を学ぶにつれ、このストーリーにいくつもの疑問を覚えました。
 大学時代は志賀高原の山小屋に通い、毎朝のホヤ磨きでランプ生活に馴染んだ経験もあったからでしょう。あの柔らかな明かりとランプから遠ざかるにつれて起こる光の減衰は、目にも心にも心地よいものでした。

 電灯とランプの灯りの違いはともかく、もっとも違和感を覚えた一文があります。

...変なかっこうのランプが、丈夫そうな綱で天井からぶらさげられてあった。
「何だやい、変なものを吊したじゃねえか。あのランプはどこか悪くでもなったかやい」
と巳之助はきいた。すると甘酒屋が、
「ありゃ、こんどひけた電気というもんだ。火事の心配がのうて、明かるうて、マッチはいらぬし、なかなか便利なもんだ」
(『おじいさんのランプ』本文・「青空文庫」より引用)

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※『おぢいさんのランプ』(昭和17年)・絵/棟方志功
 国立国会図書館デジタルコレクションより

 この物語の時代設定は日露戦争の頃とされていますから、1905年頃の明治30年代後半となります。
 実はこの時代は日本で電化が始まると同時に漏電火災が頻発していました。

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日本での電化普及と漏電火災の歴史
1. 明治~大正期:電灯普及の始まり
・明治20年代(1880年代後半~1890年代)
  東京電燈などの会社ができ、白熱電球による電灯が都市に普及し始めました。
・当初は裸電線を木の柱や建物にそのまま通すことが多く、絶縁不良による漏電や火災が頻発。
  当時の新聞記事でも「電灯会社の電線より発火」という見出しがしばしば登場しました。
2. 漏電火災の多発と社会不安
・明治30~40年代、電灯が都市部に急速に広まるとともに、火災原因として「電気火災」が急増。
・漏電が起こると、木造家屋に引火し、都市の大火に発展することもありました。
・このため「電気は危険だ」「ガス灯のほうが安全だ」という世論が強まり、電化の普及が足踏みする時期がありました。
3. 対策の始まり
・1900年代~1910年代
o 絶縁材料(ゴム被覆電線)の導入
o 漏電遮断器の登場(当初は高価で普及に時間)
・電気事業法(1890年施行、1907年改正)や各都市の電気取締規則により、電線工事・屋内配線の基準が徐々に整備されていきました。
(ChatGPTを使ったまとめより引用)


 明治30~40年代は「電気は危険、ガス灯が安全」との世論により電灯はほとんど普及していなかったのが真実です。
 日本初の国会議事堂が完成後僅か二ヶ月後の明治24(1891)、漏電が原因で全焼したことは有名です。

 これは電化先進国のアメリカやイギリスも同様で、「電気は都市火災の新たな脅威」(米国消防署)、「電気は火事を起こすから危険」(英国石炭ガス会社)などの運動が盛んでした。
 夏目漱石のロンドン留学(1900~1902年)にもガス灯がしばしば登場するのは、電気の危険性によりロンドン市内では電化の普及は足踏み状態が続いていたことがわかります。

 明治30年代に甘酒屋を営む庶民の口から「火事の心配はのうて」と出ることはありえず、昭和の時代に執筆した新美南吉のまったくの創作であろう事がうかがえます。

 技術的な話をすると遠距離の送電技術が整うのは1910年代の大正時代以降なので、地方都市に電気が引かれるのは昭和に入ってからと理解しておいていいでしょう。

 現代に生きる私たちは自由に自在に電気を使いこなし便利な生活を送っていますが、いま大きな問題に直面しています。

 それはリチウムイオン電池による危険の増大です。

 先日、スマートフォンにモバイルバッテリーをつないだまま寝ていたところ、火の手が上がりマンション火災となる事故が起きました。

「スマホを充電していたらモバイルバッテリーから火が」と通報、マンション火災で6人搬送
読売新聞オンライン 2025年9月25日

 モバイルバッテリーだけでなく、電動自転車やノートパソコン、サーバールームなど、電気を蓄える機材で軒並み事故が発生しています。

 ニュースの扱いは少ないものの韓国では、国家運営情報や行政サービスなどをまとめたサーバーが軒並み火災で焼失。原因はまたもやバッテリーの不適切な取扱いです。

政府の業務システム647基を管理する韓国国家情報資源管理院で火災が発生しサービスが一時停止
李大統領は「2年が経過したのに、国家の中核的ネットワークの保護を怠っていた結果、甚大な障害を招いたと考えられ、徹底的な調査が必要だ」と述べました。
Gigazine 2025年09月29日

 韓国ではこの春、モバイルバッテリーが原因と言われる航空機(ボーイング777-200LR)火災で、全焼損失しています。その機体価格はおよそ250億円以上。国家の基幹情報の焼失はもっと損害額は上かもしれません。

 ChatGPTで「電化普及が停滞した歴史」を調べた結果では、日本国内では1950年代まで漏電火災が続き、電気は安全とはいえなかったそうです。

 つまり、エジソンが白熱電灯を実用化した1879年以降、1950年代までの70年近く電気火災は収まることはなかったといえます。1950年 電気事業法制定、電気用品取締法(現在の電気用品安全法)、PSEマークなどの制定により段階的に電気の安全化が進み、今日に至っています。

 リチウムバッテリーがスマホに内蔵され、爆発的に普及し始めておよそ20年。私たちは便利さだけでこれを受容していますが、まだ確実な安全性は手にしていません。
 いつになればあのおじいさんが味わったような技術革新を安心して受け入れられる日が来るのでしょうか。そしてどれだけの犠牲をいつまで払い続ければ気が済むのでしょうか。

 まだまだ、私たちはおじいさんのランプを割る時期ではないように筆者は思います。(水田享介)

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