京都大学は2026年2月24日、仏教の人工知能を搭載したロボット「ブッダロイド」を公開しました。
このロボットは熊谷誠慈教授(京都大学)らの京都大学熊谷ラボ、株式会社テラバース、株式会社XNOVAの共同開発により実現しました。
僧侶を模した人型ロボットに話しかけると、ちゃんと声(人工音声)で応える対話型AIとなっています。僧侶らしい振る舞いも学習済みで、おじぎ、両手で合掌、あぐらなどの作法も再現します。
仏教学習したAIがロボットに「ブッダロイド」開発 京大など
記者が「私はいろいろ考え、悩みすぎてしまいますが、どう向き合えばいいですか」と相談...、ロボットは「仏教ではむやみに考えに従わず、妄信しないことが大切だと説かれている。考えそのものを手放してみるのもひとつの方法です」と音声でこたえ、両手を合わせ合掌...。
(NHK ONE 2026年2月24日)
ニュース映像にある僧侶ロボットは、低音かつ落ち着いた語り口でまさに「イケボ」の極地。これだけでもよい法話を聞いた気分になれることでしょう。
この僧侶型のブッダロイドは、将来的には供養、法事などで読経などの役目を果たすのではと期待されています。
仏教AIヒューマノイドロボット「ブッダロイド」の開発
―身体性を獲得した仏教AIと対面での触れ合いを実現―
チャットボットやAR、VRでは得られにくかった「身体性」を獲得したことで、対面環境における身体的存在感を伴う相互作用が可能となりました。将来的には、人間の僧侶が行ってきた宗教儀礼の一部を補助・代替していく可能性も想定されます。
(京都大学>最新の研究成果を知る 2026年2月25日)
https://www.kyoto-u.ac.jp/ja/research-news/2026-02-25![]()
※ハスのつぼみ(筆者撮影)
いずれは、お彼岸やお盆の季節になるとロボットたちが僧侶の衣装で街中を走り回る姿が、季節の風物詩になるかもしれません。
老いにも寿命にも縁のないAIロボットが、亡くなった人たちを供養する未来図は、もう誰にも止めることはできないのでしょうか。
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当コラムでは過去(2024年)、歴史に名を残す偉人達へ人生相談できるAIをご紹介しています。
[895]歴史上の偉人に人生相談?あなたの悩みに偉人AIがアドバイス
この相談サービスのよいところはこちらの悩みを伝えるだけで、彼らの考え方を学べるというメリットがあります。
しかも、彼らの考え方を自分の悩みに当てはめるのではなく、偉人たちがそれぞれの悩みを解決するポイントを提案...。
(当コラムより 2024年06月14日)
https://www.asuka-g.co.jp/column/2406/012606.html
ありがたい経典や名著を読めば、偉人の考えに触れることはできるでしょう。しかし、書物を読んだだけでだれもがその真髄を理解できるかはわかりません。ましてや、生きているうちにいつ役立つかわからない知識を憶えていられるでしょうか。
そのことを考えると、気軽に話しかけるだけで最良のアドバイスを提供してくれるAIが身近にいる今の時代は、環境としてはタイパ、コスパ共に最高ですね。
「尋ねるだけで物事の核心を教えてくれる」AIサービスにはどんな需要があるでしょうか?
わかっているだけでも、AI社長、AI役員、AI上司、AI本部長などがすでに稼働しているようです。
AI上司が教えます、管理職の思考を学習
あえて叱責「鬼コーチ」も人気
最近注目されているのがAI上司だ。管理職や経営層の役割を代行し、社員を指導・鼓舞もする。職場でAIに仕える時代が遠からずやってくるのか?
(日本経済新聞 2026年1月6日)
名前は大げさですが、その内実は企業のスタッフをトレーニングするツールとして認識しておけばよさそうです。
筆者もChatGPTを立ち上げて、説法ができるか尋ねました。当然のように「僧衣も木魚もないけれど、ことばだけで。」と上手に返答して、ものの数秒でそれらしい説法を返してきました。残念ながら、本当に数秒で右から左へ通り抜けてしまいそうな説法でした。
(※「ブッダロイド」に搭載するChatGPTは経典を読み込ませたカスタムバージョンです)
論理の飛躍や間違った言葉遣い、理詰めの説教といった問題点を筆者がいちいち指摘すること、4~5回。ようやく説法らしい形になりました。
せっかくですのでここに公開します。
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<<たとえ話で語る説法>>
昔、ある村に、毎日同じ場所に腰を下ろす老人がいました。
川のほとりの石の上です。
若い者が聞きました。
「おじいさん、毎日そこに座って何を見ているのですか」
老人は言いました。
「流れを見ている」
若者は笑いました。
「昨日も今日も同じ川でしょう」
老人は首を振りました。
「昨日の水は、もうここにはない」
若者はしばらく黙りました。
すると老人は続けました。
「だがな、水は変わるが、わしは困らん。
困るのは、昨日の水をすくおうとする時じゃ」
若者は川に手を入れました。
水は指の間から抜けていきます。
老人は言いました。
「握ろうとするから、力がいる。
手をひらけば、冷たさだけが残る」
それだけの話です。
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※--線内はChatGPTの生成![]()
※タイ王国・チェンマイの寺院「ワット・チェディルアン」と修行僧(筆者撮影)
筆者がくだした評価は「欠点はないがよくもない。まだまだ」でした。いくつかの説法ネタを無理にくっ付けてみたものの、まとめきれていないため、聞く人の心には届かない説法になりました。最後の落とし込みをどう表現するかの技術が足りないと筆者は判定しました。
このままではChatGPTをひとりでお盆の法事に出すわけにはいきませんね。
みなさんはChatGPTの説法を読んでどう思われたでしょうか。AIのことばは心に届いたでしょうか。(水田享介)