今年、2026年は「東日本大震災」(2011年)から15年目です。震災発生日の3月11日は、各地で様々な行事が執り行われました。
特に被害が大きかった東北地方では、この日は厳粛な追悼の日となりました。
そのさなか、福島県いわき市ではある事件が発生しました。
この日、市立中学校5攻では卒業を祝う給食として「赤飯」が提供予定でした。ところが市民から寄せられた1本の電話でこの赤飯約2100食はすべて廃棄されてしまいました。
その電話の内容とは・・・「震災の日に赤飯を出すのか」。
卒業祝う赤飯給食2100食廃棄 福島・いわき「3.11になぜ」で
市長「相談ない」
東日本大震災の発生日と重なっていたため、保護者から疑問視する電話があり、提供を取りやめたという。5校の生徒には代わりに、備蓄品の缶詰のパンやアルファ米を出した。
(産経新聞 2026年3月16日)![]()
赤飯の廃棄を決めたのは、学校から報告を受けた「いわき市教育委員会」でした。
この報道が全国ニュースになると、市長といわき市教育長からコメントが出ました。
市長は前掲の報道にあるように「今後、私を含め市長部局にもあらかじめ相談してから判断するよう教育委員会に指示した」(産経新聞より引用)。
教育長は公式サイトに見解を述べています。
3月11 日の学校給食における献立変更について
・・・外部からの指摘があるまで、各学校給食共同調理場の作成する献立の内容を十分把握していなかった・・・。
今後につきましては、給食献立のあり方について検討するとともに、献立の情報共有の見直しを行い、同様の混乱を招かないよう改善・・・。
令和8年3月16日 いわき市教育長 服部樹理
(いわき市教育委員会/公式サイト 2026年3月16日)
https://www.city.iwaki.lg.jp/www/contents/1773644779463/index.html
311という追悼の日に祝い事の赤飯は「食べていい」のか、それとも「食べるな(つまり廃棄)」とするのか。
給食を提供した現場では、配膳直前に選択を迫られたのです。
しかし、この問題は「よい・わるい」の2択で判断できない課題を含んでいます。
残念なことにいわき市の首長も教育長も、将来に同じ問題が発生しても対応するのは難しそうです。おふたりとも権限者としての判断より、多くの権限者を集めて合意を取りたいと言っているにすぎません。
赤飯への抗議電話があったのは給食が提供される直前です。市の主要な権限者に伝達して集まって会議を開いて、果たして子どもたちの給食に間に合うでしょうか。
首長を始め「長と付く職位」としての資質が問われる事件でした。
◆
先日の311追悼番組でいわき市地域ラジオを特集していました。その中で断水に不自由する市民に情報提供をするシーンがありました。
どの地区が水道が再開したかを伝えていると1本の電話が局に入りました。
「このラジオは無駄な放送ばかりだ。オレの地区がいつ水道が通るかだけ流せばいいんだよ」
個人の心情的にはそうでしょう。平穏な生活が壊された苛立ちや不安がそう言わせているかもしれない。ラジオ局のスタッフはそう考えたそうです。その後どうしたのかまでは憶えていませんが、人のこころ模様は千差万別。
水道の苦情と同じように「赤飯はだめ」と声を上げた人を責めることはできません。
その声をどう受け止めるのかという行政の仕組み作りに取りかからないと何度でも同じ轍を踏むことになります。決して連帯責任で良い結果はうまれません。
もし何か言うとするなら、「悲喜交々」(ひきこもごも)でしょう。
良いことも悪いことも、喜びも悲しみも人も時も待たずに押し寄せるようにやってくるという意味です。
追悼する人の隣で赤飯を食べているという現実を変えることはできません。しかし、こころの中にはどちらもあるのが人間ということを誠意を尽くして説明することが、責任転嫁や問題先送りしない方法ではないでしょうか。
筆者の個人的意見を言うと、「卒業お祝い献立」メニューと聞いていながら、備蓄缶詰のパンやごはんを食べさせられるのは御免こうむりたいですね。(水田享介)