今年、2026年のノーベル賞週間は、10月12日に終了しました。本年は、硤合憲三(そあい けんそう)氏(東京理科大名誉教授)がノーベル化学賞を受賞されました。
日本の受賞は3年連続、特に昨年(2025年)は生理学・医学賞に坂口志文氏、化学賞に北川進氏と2分野での受賞が話題となりました。
日本のノーベル賞受賞、3年連続の快挙...
自然科学3賞は2000年以降に急増
日本の受賞決定は、24年の平和賞、昨年の生理学・医学賞と化学賞に続く快挙だ。日本から3年連続で選ばれたのは16年以来で、3度目となる。
(読売新聞オンライン 2026年10月7日)![]()
新聞報道では、2000年以降に自然科学研究分野のノーベル賞受賞が増えていることを紹介しています。
筆者の見解に過ぎませんが、受賞するような業績を発見したり論文化した年齢は、ご本人の20代から30代が多いように見受けられます。1980~1990年代の日本の基礎研究の成果がいま実りを迎えている証(あかし)でしょうか。
昨年、ノーベル化学賞を受賞された北川進氏にも同様のことが起きていました。
「先生、これ、孔が空いていますよ」
密に詰まった材料を作るはずが、できあがったのは微細な穴のあいた金属。落胆した学生の報告でこの実験は失敗で終わるはずでしたが...。
詐欺を疑った電話が「ノーベル賞受賞」の報せだった...
失敗から生まれた新材料
かつて学生が発したこの一言から後にMOFと呼ばれる材料の研究はスタートしました。1989年、私が近畿大学で助教授(現在の准教授)を務めていた頃の話です。元々孔の空いた材料を作ろうと考えていたわけではありません。私たちの目的に照らせば、孔が空いていることは不都合...。
(クーリエ・ジャポン 2026年9月1日)
昨年のノーベル化学賞を受賞された北川進氏がMOF(多孔性金属錯)研究に着手したのは1989年で当時、北川氏は30代後半。実験の失敗を告げる学生のこのひと言が始まりだったそうです。
失敗がのちのノーベル賞につながる研究のスタートになるとは。まさに「瓢箪から駒」とはこのこと。
しかし、ノーベル賞級の頭脳は,これをタナボタとも僥倖(偶然の幸運)ともとらえませんでした。
「この孔に何か入れられるのだろうかといった純粋な興味から、面白そうだと思ったのです。孔が何か新しい研究の入り口のように見えました。
あのとき「面白い」と気づけてよかったとつくづく思いますが、なぜ私は面白いと感じたのか。
「幸運は準備された心に宿る(Chance favors the prepared mind)」」
(前掲記事より引用)
北川氏はこのときの心理状態をパスツールの言葉を引いて説明しています。
パスツールはフランス人ですから、フランス語の原典を当たるとありました。
(「Louis Pasteur」 https://fr.wikiquote.org/wiki/Louis_Pasteur?uselang=ja)
フランス語の原文:
"diriez-vous peut-etre, mais souvenez-vous que dans les champs de l'observation le hasard ne favorise que les esprits prepares"
(そう言えるかもしれませんが覚えておいてください。観察の分野では、(発見する)好機は「準備の整った心」にのみ味方するのです。)
原文は研究者らしく「観察の分野(les champs de l'observation)」とあり、研究で観察するときの心構えを説いています。
そして、準備の整った心にだけ好機はやってくる(le hasard ne favorise que les esprits prepares)-とても深い言葉です。
日頃からわずかな違いに気がつき何かを発見する努力を重ねた人は、新発見になる好機を迎えた時、すぐにそれを見つけて捕まえる。
つまり、どんなにすごい鉱脈を目の前にしても、その存在に気がつくセンサーが働かなければ見つかることはない。
「発見は必然であり、たまさかの偶然ではない」。北川氏の言葉にはそういうメッセージが込められているようです。
ましてや自然科学の研究分野では、新発見しましたといっても他の研究者が同じ実験で同じ結果を得られない限り、その発表は偶然に過ぎず新発見とはならないと聞きます。
たとえば、重力や電気などの普遍的な現象や利便性はいまでは当たり前のことですが、それを最初に定義づけたり実用化する難しさは一般人には到底理解できません。
わたしたちの生活の中にもそういう未発見はたくさんあるのでしょう。それを発見できないだけかもしれません。筆者もこれからは「準備された心」を一度でいいから持ってみたいものです。(水田享介)