「できる!」ビジネスマンの雑学
2026年11月06日
[1183]11月5日はtsunami(津波)の日、『稲むらの火』

 11月5日は tsunami(津波)の日です。東日本大震災が発生した2011年6月に制定され、2015年には国連でも同日を「世界津波の日」と定めました。

 つまり11月5日とは日本だけに留まらず世界中で津波について学び考える特別な日なのです。

 この11月5日は「安政南海地震(あんせい なんかいじしん)」(1854年)に由来します。

 江戸の終わり頃、ペリー提督が黒船を率いてやって来た翌年の11月5日、紀伊半島から四国沖を震源とする震度6~7(推定)の大地震が発生しました。

 そして歴史に残る物語が始まりました。『稲むらの火』です。

 津波が村を襲うことを知らせるため、ひとりの男性が刈り取ったばかりの稲に火を放ち、村人を海岸から山へと導いた有名な説話です。

 筆者はあまりにもできすぎた話に実話とも創作とも判断できないと思っていました。調べてみると実話を元にした小説でした。

 しかもその物語の作者は、小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)でした。

 つい先日、筆者はこの経緯を「公益社団法人 日本地震工学会【公式】 」のX投稿で知りました。


 より詳しい経緯は「本の万華鏡>国会図書館」で紹介されています。

「第2章 津波と文学」~安政南海地震と「稲むらの火」
「稲むらの火」は昭和12~22年まで尋常小学国語読本に掲載されました。 高台に住む老人五兵衛は、地震の後で津波の予兆である引潮に気が付きました。当時は火事が起こったら村人全員が助けに行く相互扶助のきまりがあり...。
(国立国会図書館)
https://www.ndl.go.jp/kaleido/entry/8/2.html

 小泉八雲は「明治三陸地震津波」(明治29年:1896年)を調べるうちに積み上げた稲(稲むら)に火を付けて津波から村人を避難させた史実を知ります。
 八雲はこの話に着想を得て『A Living God(「生神」)』を執筆。アメリカの雑誌に発表します(1896年)。

 この小説を英文で読んだひとりの教師が、教科書用に書き換えた教材が「稲むらの火」となりました。

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※文部省 初等科国語「稲むらの火」より(昭和17~18年)

 江戸時代の地震から生まれた美談ですが、そこで終わるはずが小泉八雲が小説化してアメリカで発表。それは日本に伝わり、教科書教材として書き換えられて全国に伝播する。そして、津波は「tsunami」となり世界に広がった...。壮大な話ですね。

 小さな波紋が日米を往復して、ついに世界共通語になったわけです。

 英語圏では津波のことを"Tidal wave"(潮汐波) や  "Seismic sea wave"(地震性海水波)と呼んでいたそうです。(※AI調べ)
 しかしこれでは日常に起こる「高波」、「満ち潮」と混同されやすく、津波の脅威が伝わらない問題がありました。

 そこで科学者たちが目を付けたのが「津波」という日本語です。

 1896年に米国の科学雑誌で「明治三陸地震津波」にtsunamiの用語が登場。1957年に英国で論文「Tsunamis」が発表され、世界の海洋学者がtsunamiを使い始めていると紹介。1968年、tsunamiが「学術英語としての定義が明確化」、やがて世界共通の呼称となった。(※AI調べ:筆者まとめ)

 現在は、翻訳ソフトに「津波(つなみ)」と入力すると、ドイツ語、フランス語、韓国語、タイ語...、ほとんどの国が「ツナミ」に近い発音です。

 起きては欲しくありませんが、もし津波の予兆を感じたら、遠慮せずに「tsunami!」と叫びましょう。目には見えないけれど、小泉八雲が日本に残した偉大な功績ですから。(水田享介)

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