いまやネットでお買い物は当たり前の時代。夜中にポチれば、数日待つどころか早ければ翌日には届きます。便利なようですが困った問題もあります。果たしてサイトで見た見本通りの品物なのか、届いてみないとわからないところが悩みのタネ。本来あってはならないことですけれど・・・。
クレームを入れたり返品したりと、それに費やす労力と時間を考えると、本当に便利になったのか疑問ですね。
「昔はこんな事はなかったはず」と考えるあなた。甘いです。
あったんです。通販のトラブル。頼んだ商品とは大違いの粗悪品が届いたことが。しかも約四千年も昔から。
その時のクレームのメールがいまも読める形でロンドンの大英博物館に残されているのです。(文末に紹介)
もちろん、メールと言っても電子メールでも紙の手紙でもありません。茶色い粘土板の形で。そこに刻まれているのはなんと楔形文字。葦(あし)の茎の先をとがらせて粘土に線で文字を刻んだ、その様子がくさびに見えることから付いた「楔(くさび)形文字」。
楔形文字が誕生したのは、今から約5500年前。メソポタミア地方のシュメール人の発明と言われています。
さて、肝心の苦情の粘土板とはどんなものだったのでしょうか。
現代人も共感できる、悪徳商人に宛てた世界最古の苦情申立書
古代メソポタミアからあった質の悪い商品とぞんざいな顧客対応
3770年ほど前、不満を抱えたバビロニアの貿易商ナンニが、悪徳商人とされる同胞のエアナーシル(Ea-nasir)に、失敗した取引についての苦悩を...。
(ナショナル ジオグラフィック 2023年10月22日)
紀元前1770年、古代バビロニア(今のイラク)の中心都市バビロンに住む貿易商ナンニさんは、ペルシア湾にほど近い港町ウルのエアナーシルに質の良い銅の延べ棒を発注、代金として銀を使いの者に託しました。ところが届いたのは質の悪い銅の塊。こんな粗悪品では商品に加工はできません。
不誠実で商道徳に反する態度にナンニさんは怒り、長文のクレームをしたためた粘土板をエアナーシルに送り付けたのです。![]()
※古代シュメール人のイメージ
バビロンとウルの距離は220㎞。移動にはおおよそ1週間かかったというので、やり取りはすべて粘土板を持たせたお使いが行ったり来たり。
当時この辺りは、銅の交易地としてディルムン(今のバーレーン)が栄えていましたから、エアナーシルは港町ウルで海洋貿易を生業(なりわい)とし、銅取引では知られた存在だったかもしれません。
この粘土板を眺めていた筆者はナンニさんは何と言っていたんだろうかと興味が湧いたところで、ふと思いつきました。
「そうだ。Gemini3ならこの楔形文字を日本語に翻訳できるはず。」
以前に当コラムでガリレオの直筆メモをAIで解読したことをご紹介しました。
[1106]天文学史を変える?ガリレオ・メモ発見
今回のメモはその過程を物語る証拠となるといわれています(現在も研究中)。筆者がこのメモ、図解をAI解析した所、それに近い結論を得ることができました。
(当コラム 2026年04月24日)
https://www.asuka-g.co.jp/column/2604/013024.html
ガリレオ・メモの解読に役だったのが「Gemini3」でした。古いイタリア語、ラテン語、そして天文学の数式を次々と解読して、ガリレオが天動説から地動説に転じた経緯を知る助けとなってくれたGemini3。
Googleはかつて大学に眠る古典、古書をスキャンしてデジタル文書化するプロジェクトを行っていたので、Googleが開発するGemini3ならば古代文字も読めるだろうと推測したのでした。
筆者の読みはズバリ的中。すらすらと日本語に訳してくれました。
この粘土板には4つの構成になっています。
1.【冒頭:あいさつ】
2.【本題:取引への怒りの理由】
3.【激怒:使者への扱いに対する不満】
4.【決別:今後の取引について】
約4千年前の手紙にも挨拶文があったんですね。
挨拶文はこうなっています。
古代メソポタミアの手紙は、配達人が音読することを前提とした独特のフォーマットのため、以下のような書式です。
意味: 「エアナーシルへ、ナンニより次のように伝える。」
当時の発音:アナ エアナーシル キビマ ウムマ ナンニマ
冒頭部分をA~Dに分けて、発音と訳を表記します。
A.アナ エアナシル エア・ナシルへ、
B.キビマ 言いなさい。
C.ウムマ 次のように(言っている)、
D.ナンニマ ナンニが。![]()
※粘土板で挨拶文に対応する箇所
これ以下を意訳するとこうなるそうです。
2.【本題:取引への怒りの理由】
「お前が良質な銅をくれると言ったから使者を遣わしたのに、粗悪な銅を突きつけて『嫌なら失せろ』と言った」「なぜ私をここまで見下すのか」と感情も露わに抗議しています。
3.【激怒:使者への扱いに対する不満】
激怒している理由として、使者への扱いに対する不満を述べています。「敵地を通って何度も足を運ばせた、私の預け金を勝手に保持している」という文面からすると、220㎞の距離はただ遠いだけではなく、その間に敵対する国があって交易は容易ではなかったことが分かります。
4.【決別:今後の取引について】
最後にもう今後の取引は止めると決別宣言で終わります。
ところで粘土板メールは手のひらサイズの立方体です。そのため裏面、両サイド、上下まで使って書くこともできました。怒りの文章はそのように全部の面を覆い尽くしているそうです。しかも裏面からはどんどん文字が詰まっていって、怒りのボルテージも最高潮!
これを読んだ悪徳商人、エアナーシルも粘土板で殴られている気分だったかもしれません。
実はこの粘土板はエアナーシルの住居跡から見つかっていて、この他にもたくさんのクレーム粘土板が残っていたとか。その後、エアナーシルは商売が立ちいかなくなり、邸宅を売却したあとは古着の転売をするなど困窮を極めたとのこと。(Gemini3情報)
「悪事 千里を走る」(悪い行いや不義はすぐに世間に知れ渡る)といいますが、いつの時代にあってもかわることのない戒めの言葉ですね。(水田享介)
----
【参考サイト】
タブレット
「エア・ナシルへの苦情状(Complaint tablet to Ea-nasir)」
(大英博物館所蔵)
https://www.britishmuseum.org/collection/object/W_1953-0411-71?selectedImageId=1613004120