みなさまお久しぶりです。大垣書店の吉川です。

今回私が、ご紹介させていただくのは『一坪の奇跡』。吉祥寺にある和菓子屋「小ざさ」の社長、稲垣篤子さんの処女作です。

この本は私の尊敬するダイヤモンド社の寺田さんが編集された一冊で、寺田さんは新しい書き手さんを発掘し、必ず重版のかかる処女作を作る名人として有名なお方です。
先日お会いした際に、寺田さんが「また、とても素敵な著者と出会えた。」と嬉しそうにされていたので、お話を伺ったところ『一坪の奇跡』をご紹介いただいたのでした。

稲垣さんは現在７８歳。今でも釜で餡を練り続けられています。稲垣さんが働き始められたのは、高校を出たばかりのこと。掘っ立て小屋の屋台に立ち、３６５日１２時間、父親が作った団子を売り続けられていました。自分が売る団子に一家全員の生活がかかっていると、暑い日も寒い日も店頭に立ち続けられた稲垣さん。彼女が家族を支えていくために「もう二度と泣かない」と心に決められたくだりは涙なくして読めません。
「なぜ働くのか」「なんのために働くのか」そんな働き甲斐や大義名分を先に探して、私は働くことの
本質を忘れかけていました。「生きていかねばいけない」から働く。意味を考える前に、まず真摯に
必死に動く。
その結果、あとからあとから仕事のやりがいや喜びが沸きあがってくるのだと、読んでいて伝わって
きました。
稲垣さんは、販売の経験をつんだあと、本格的に家業を継ぐために、生産現場を知るという目的で
男性だらけの職場であった「かま場」に足を踏み入れました。
そこで彼女は羊羹作りを通して、小豆との対話を始めます。美味しい羊羹はつくっているのではなく、
小豆本来の風味を引き出した結果できあがるものであるといいます。
技術を自慢するのではなく、あくまで素材の力を立てているだけと言える、そんな奥ゆかしさ、上品さ
が、きっと「小ざさ」の羊羹の上品な丸い味を支えているのでしょう。

稲垣さんがたどり着いた境地を表した詩のような一文を紹介します。

或る時から、風が見えはじめた。
或る時から、澄んだ炭の、炎の力強さをつかんだ。
或る時から、小豆の、紫の一瞬の輝きの声が聞こえてきた。

最初から稲垣さんも、小豆の声を聞こうと思って餡を練っていたわけではなかったと思います。
暑い日も寒い日も、小豆に向かって、その良さを引き出そうと、愛情を持って注意深く見つめていた
から、声が聞こえてきたのだと思います。
どんな結果が待っているか分からないけれど、前に進むこと。それは、暗闇の中を手探りで進むよう
に不安な事かもしれません。でもあらかじめ定めた行き先を目指して進むより、もっと高くて遠いところ
へ行けるような気がします。

また稲垣さんは、和菓子職人としても一流の人ですが、経営者としても筋の通った独自の哲学を
お持ちの方です。たとえ「小ざさ」の従業員であっても、羊羹が欲しい場合は、お客様に混じって
行列に並んで買わなければならない。障がいのある方を従業員として雇用しているけれど、補助
を貰うために働いてもらっているわけではなく、その方が「小ざさ」に必要だから働いてもらっている
ので、国からの補助金は受け取らないなど、見えない部分でもお客様や従業員への敬意を忘れ
ない、稲垣さんの人柄が伺えるエピソードが満載です。

上に立つ人が、率先して厳しすぎるくらいのルールを自らに課し、それを守ることで、従業員の方は
身が引き締まるとともに、安心して経営者に尊敬の念を持って、精一杯働けるのではないでしょうか。
きっと読み終わったあと、ノウハウ本を読んで技術を身につけるよりも深く胸に刺さる何かが、翌日
からの働き方を変えてくれると思います。


株式会社　大垣書店
営業本部 吉川敦子


書名 ：一坪の奇跡
著者：稲垣　篤子
出版社：ダイヤモンド社
ISBN：9784478013632
本体価格：1,500円